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お久しぶり 

 ご無沙汰しております。どうも最近余裕が持てなかったもんでサボってました、すんません。
 ネタはどうしようかな~と思いましたが、普通にありましたね。


 本題へ


 秋田県でおきた児童殺人事件が自分がサボってる間にずいぶんと進みました。ゴウケン君殺害の容疑者が何とその1ヶ月前に死亡した子の親だったとは多くの人が驚かれたのではと思います。
 しかし、容疑者は捕まっても証言を二転三転と変えているようですね。一気に解決とはいかないようで。しかし、容疑者は何故そんなに証言を変えているのかが分かりません。どの嘘も警察の調べですぐばれてしまうようなものばかり、今現在語っているものもまた変えるかもしれませんが何かと捜査を長引かせようとしているところがある気がします。本当の事実を隠さねばならない事情が容疑者にはある気がしてなりません。報道されている中には自分の子どもも殺害したのではないかというものもありましたが、もしかしたら的中なのかもしれないと考えます。
 何らかの衝動で娘を殺してしまい、そのことで思考が普通ではなくなり同じような年代の子どもを殺すことで娘を一人にさせないようにした、このような仮説も充分考えられます。
 仮説は無視するとしても、同じ年代の子ども殺害する事に躊躇いの念が起きなかったの不思議でなりません。自分も子どもを無くした親ならその悲しみは当然わかるはずでは無いでしょうか?どれほど辛いものかは本人が一番わかるのでは無いのでしょうか?そしてなにより幼い命に手をかけることに親として心がいたまなっかたのか?    
 
 人の心とはそんな簡単に変わるのでしょうか?今回の場合は壊れる、との表現の方が良いのかもしれませんが。心とは人の中でもっとも重要な要素である。これが壊れれば人としての誇りがなくなり、社会から外される。そう分かっていても心が壊れることは意外と身近に存在する気がする。気をつけるべきだと思う。




 以上αでした
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[ 2006/06/16 22:41 ] 世相を考えるーα | TB(0) | CM(0)

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