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【殺し】 

 こんばんは。最近ニュースを見ていないためにネタが無くて困っています・・、ンなことより、のむサン、コメントありがとうございました。自分でも気づかなかった点での意見だったのでためになりました。これからもよろしくお願いします。

 では本題へ

 先ほども申したとおり、ネタが無いので【殺し】について話したいと思います。
 最近人が殺された、というニュースをあまり見ていない自分ですら耳にするが多くなってきたと思う。何故人は人を殺すのか、またなぜ殺してはいけないのか、今回はこの点について考えたいと思う。
 先日園児殺害事件について書かせていただいて、そこでも述べたとおり殺しには様々な理由ある。しかし、精神的苦痛、これがもっとも大きい理由ではないかと考える。中には快楽として行う者もいるが今回は外しておきたいと思う。人々には伝えることのできない辛い感覚と言うものがあると考える。それがピークに達した時、何をしでかすか、それはおそらく本人ですら分からないと考える。その一つが【殺し】である。何をするにしても共通して言えることは行動は辛い思いから自分を守るためである、と自分は考える。逃れるため、終わりにするため、とにかく辛い思いから少しでも遠ざかりたい、その思いが強いためだ。精神的に強い人は立ち向かう事ができるが、弱い人は回避する方法考える、そして、世の中は後者のほうが多いのではないかと考える。
 では強くすればいいのか、理論上そうなるかもしれないが容易いことでもないし、感情が強い人類では到底無理な話しだ。【殺し】とはおそらくこの先も永遠の課題となるだろう。

 ここで何故【殺し】はいけないのかを考えたい。自分が今まで思ってきたことは、人は様々な動物を殺してきているのに互いを殺す事は禁止しているのはおかしいのではないのか、のような考えである。人も自然が生み出した命の一つである、なのに何故これほど差が出るのか?
 ここで【殺し】にはどんなものがあるのか考えたい。
まず考えることは、生きるための糧として殺す、ということが思い浮かぶと考える。これは確かに自然の摂理であるために仕方が無いと考える。
 二つ目は娯楽として殺すことだ。つまり現在の狩りだ。剥製にするためなど様々な理由があるがこれは先ほど外した者と同じではないかと考える。自分の欲を満たすために殺す、そんな事は自然界ではほとんど無い事だと考える。これは人間が全ての動物よりも力(知恵)を持つために起こると考える。
 三つ目として考えられるのは守るためである。自分自身、家族、土地(縄張り)などを守るために危険なものを殺す、これはほぼ全ての生物に言えることであろうと考える。これは先ほど述べた苦痛から逃れることも含むと考える。
 最後に、これは人間が主に当てはまるが、邪魔だから殺す、である。
 話しを戻す、何故殺してはしけないか、それは自分が思いついた上の四つを見て想像できるが、自然ではないからである、と考える。
 しかし、人間の法律では自然であっても罰せられる。たとえ苦痛であったとしても殺しは殺しとして罪となる。苦痛を配慮されるが殺しは重い。
 結局は人間が恐怖を感じないため、それがもっともな理由なのかもしれない
 

 いろいろ考えるとキリが無いので最後は無理やりまとめてしまいました。すんません・・・いつか続きを書けたらな、と思っています。
 以上勉強に集中できないαでした
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[ 2006/02/21 22:23 ] 世相を考えるーα | TB(0) | CM(0)

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